賢い遺言の遺し方~その意味と作成手順~

自分が築き、守ってきた財産。先祖代々受け継いできたものを後世に引き継がねばならないという大きなプレッシャーもあったことでしょう。お疲れさまでした、あとは何も考えずゆっくり休んでください、と言いたいところですが、相続を考える年齢の方に伝えたいのは、「資産の行く先はご自身に決めてほしい」ということ。
今の所有者であるご本人が決めることが非常に重要なのです。ご家族のために財産を守ろうと考える方は多く、その想いに感動させられます。しかし、自分が亡き後、ご自身の財産の分配を考え、ご家族皆が幸せに暮らすための準備をしている方はまだ少ないのが現状です。
なぜ自分で決めることが重要なのか?それは財産の行く先を「自分が亡くなったら、あとは皆で好きにしてくれていい」とご家族に任せてしまうと、思わぬトラブルを引き起こす可能性が高いからです。

これから相続を迎えるあなたが人生の最後に、家族のためにできるプレゼント、それは「遺言」です。

遺言 家族
相続にまつわるトラブルはよく耳にしますが、全員が納得する遺産分割は非常に難しく、ほんの小さな争いやわだかまりでも、家族として10年、20年と暮らしていくうちに、大きな争いの火種となりかねません。
その火種を起こさないために、あなたの意志が感じられる遺言が時として必要なのです。ご家族は遺言の内容に多少の不満があっても、亡くなったご本人の意思だと思えば留飲を下げてくれることもあるでしょう。
そして家族仲良く末永く暮らしていけるような遺言を遺してくれたあなたに、ご家族は感謝し、その思いは尊敬の念として一生残るはずです。
もちろん誰もが100%納得する遺言を遺すことはなかなか困難ですが、それでも「遺言があったおかげで助かった」というケースが多いのもまた事実です。
また、我々が実際に目にしたケースで「遺言が残されていれば良かったのに」と思うことがよくあります。
それをお伝えしたいと思ったのが、遺言についてこのコラム書く大きなきっかけになりました。
今回は、どんなことに配慮して、どのような遺言を遺せば家族が幸せに暮らしていけるのか、事例を交え、お伝えします。

自筆証書遺言があったのは全体の1.3%

遺言というと、資産が多い人が書くイメージが強いかもしれません。しかし、資産の大小にかかわらず、必要なケースがあります。

平成28年の自筆証書遺言の家庭裁判所での検認数は17,205件でした。その年の死亡者数は1,307,748人であることから、自筆証書遺言を残し、相続時に実際に活用された人の割合は1.3%ほどだと推測されます。
また平成29年の公正証書遺言の作成件数は110,191件でした。同年の65歳以上の人口は35,151,000人。公正証書遺言を作成したのが65歳以上の方だと仮定して、ざっと計算すると0.3%ほどです。

こういった統計からもわかるように、日本では遺言を遺す文化がまだ浸透しているとは言えません。

参考リンク
我が国における自筆証書による遺言に係る遺言書の作成・保管等に関するニーズ調査・分析業務/平成 29 年度法務省調査

e-Stat 政府統計ポータルサイト

エンディングノートを土台に遺言を作成

エンディングノート

まずは手軽にエンディングノートからチャレンジしてみましょう。
市販されている専用のノートに書いてもいいですし、メモするだけでも自分の状況が見えてきます。

  • 葬式やお墓はどうしてほしいか?
  • 所有する不動産は何があるか?
  • 貯金はどの銀行にどれくらいあるか?
  • 自分に何かあったときに伝えてほしい親戚や家族の連絡先

これ以外にも、「配偶者や子どもへ何を伝え」「どうしてあげたいのか」も書き出すことで、相続や遺言に対しての自分の気持ちが定まってきます。

遺言はただ書けばいいというものではない

貯金や不動産ばかりが財産ではありません。車や電化製品、貴金属も財産の一部。そういったものの行く先についても考えておいた方がいいでしょう。書き出してみると意外と自分の持っている財産がさまざまで、相続する子どもたちや配偶者が分けにくいと感じるかもしれません。
「仲のいい兄弟だもの。二人に任せておけばきっと均等に分けてくれるわよ」という声もよく聞きます。
しかし、今の世の中、いつ経済的に追い詰められるかもわかりません。そんなときに相続が起こったら、子どもたちは家族や自分の生活を守るために必死で、他の兄弟のことまで気が回らない可能性だってあるのです。
「万が一」を考えて、ご本人が公平だと思う配分で、法的効力のある遺言を用意しておくとご家族が遺産分割する際の指針にもなります。
遺言が書かれた当時と相続発生時では不動産やモノの価値が違ったり、相続人の状況が変わったりした場合は、全員の同意のもとに再分配することも可能です。

何よりも大切なのは、遺言を書く前に、財産を分けやすいものに整えることです。
例えば、賃貸マンションや広い土地は分けにくいから「相続人複数人で共有して相続させる」といった遺言では、かえってもめ事の火種を作るようなもの。不動産の共有は問題を先送りにしているだけなのです。「共有」するしかない財産は、早めに処分し分けやすい形に変えましょう。

遺言があればトラブルにならなかったのに

ここでよくある事例の一つをご紹介します。
急に亡くなったために遺言がなく、遺されたご家族が遺産分割に苦労したケースです。生前にどんな準備をして、どのような遺言を遺せばトラブルにならなかったのか解説します。

遺言 図

事例 山田和夫さん 75歳男性(※プライバシー保護のため一部変更しています)

和夫さんは代々続く地主さんで、現金5,000万円と築10年の自宅のほかに、先祖代々引き継いできた農地、近隣住民に貸している底地、賃貸アパートを所有していました。
和夫さんが亡くなり、その奥様と息子さん2人が相続人です。長男は両親と同居、次男は遠方で家庭を持っています。
和夫さんは長男で、子どもの頃から家業を継ぎ、家を守るのが自分の使命だと思っていました。とはいえ、時代が変わったことも感じていたようです。自分の代までは資産をしっかり守ったのでお役御免、「私が死んだあとは好きにしてくれ」と妻や子どもたちに口癖のように言っていました。

相続人が遺産分割を決める

急に亡くなったこともあり、遺言はありませんでした。そこで、どのように財産を分割するかは相続人同士で話し合うことになりました。
安い地代で貸している底地は、固定資産税の支払いを引くと、ほとんど収入にはなっておらず、今回発生する相続税を考えると処分したほうが良さそうです。
引き継いだ妻や息子は、底地に対してそこまで思い入れもなく、息子に至っては借地人さんとほとんど顔を合わせたことがありません。

相続人ではない親族からの反対

しかし、そこで問題が出てきました。亡くなった和夫さんの弟から「先祖代々の土地を売却するのは絶対に反対だ。父から相続した際に、家業を継いだ長男である兄に底地を全部渡したのに手放すなんてありえない。」と言われてしまいました。
和夫さんの弟に相続権はありませんが、近所に住んでいることもあり、土地を守ってほしいという気持ちが強いようです。

管理する人がいない賃貸アパート・農地

賃貸アパートは収益にはつながっていますが、山田さんが管理に関わる全ての業務を担っていたので、何も知らない高齢の妻には、とても管理できません。子どもたちも管理をする気はないと言っています。
相続人である3人は賃貸アパートがどういう状態なのかも知りませんでした。
農地も、息子二人は会社勤めで農業を継ぐ予定はなく、処分するしかありません。ただ、手放すしかないとはいえ、近所に住む和夫さんの弟や他の親戚の目が気になります。

父親の面倒を見てたのに同額では不満

全ての財産を現金化して法定相続分で分ければいいのですが、農地もアパートも処分するのが大変です。
それだけでなく、二人いる息子のうち、長男は両親と同居。父親が亡くなってもこれから母親の面倒を見ていくので、苦労を掛けている妻の手前、家だけでなく現金も多めにほしいというのが本音です。
一方、遠方で家庭を持つ次男は、そろそろマイホームを持とうかと考えています。長男は家を相続するのだから、自分はできるだけ多く現金が欲しいと思っているようです。

どこに問題があったのか?

このケースでは、相続人でない親族からの不満、資産を引き継いでも管理できる人がいない、法律で決められている分配だと不公平、などの問題を抱えています。
急に相続が起こった場合はショックが大きく、正常な判断が下せないことがあります。相続時は「揉めるのも面倒だし、仕方ないか」と不公平な配分にも納得したが、落ち着いて考えるとやはり・・・と後から言い出す場合もあります。
相続をきっかけに、大切な家族が疎遠になるのは、悲しいこと。そうならないためにも、分けやすい財産にし、遺言を書くことが非常に重要なのです。

どんな対策が必要だったのか

農地やアパート経営は、後継者がいないのであれば、ご本人が元気なうちにどうするか決め、早めに処分しておくのがいいでしょう。底地については、ご本人が現在の地価や支払わなければならない税金について把握し、手放すことに反対する親族がいそうなら、キチンと説明しておきます。
和夫さんの弟の気持ちもわかりますが、相続税の支払いや地代の管理をしなければならないのは相続人たちです。
土地の価値は昔より遥かに上がり、守るには高額な相続税の支払いがあります。その相続税を支払うために、他の資産を手放さねばならなかったり、現金が必要になったりするのです。
そういったことを話し、矢面に立って解決するのは少し面倒な作業ですが、わけもわからず引き継いだ配偶者や子がしようとすると、何倍もの時間と労力がかかるのです。それどころか解決できず、問題を先送りにしたまま次の相続を迎え、さらに複雑化する、といったこともあります。
こういうときに和夫さんがどうするか決めた遺言があれば、それぞれの思惑はあったにせよ、「本人がそう言っているなら仕方ないか」と渋々でも納得するものです。

このような事例については、相続前にご本人が考え整理しておくことが何より大切です。
相続開始前に知っておいた方が良いことについては、以下の記事をご参照ください。

【円満な相続を目指そう】相続開始前に知っておくべきことは?

遺すなら公正証書遺言を

公証役場

遺言には「自筆証書遺言」「公正証書遺言」「秘密証書遺言」などがあります。どれも形式に沿って作成されていれば法的拘束力を持ちますが、おすすめしたいのは公正証書遺言です。自筆証書遺言や秘密証書遺言は、「死後に発見されない」「形式が満たされておらず無効になる」「不利な相続人による改ざん」などのリスクがあるからです。
公正証書は先の大震災でも紛失・滅失は一件もなく、信頼性の高いものです。また公正証書遺言は検認が必要ないのもメリットです。自筆証書遺言は発見後の検認に1ヶ月以上かかり、その間は相続手続きが進められません。

参考記事
<遺言のすすめ>基本とその種類

公正証書遺言はどこで作るの?

公正証書遺言は、公証役場に赴き、公証人に作成してもらうものです。
公証人は、原則として、判事や検事などを長く務めた法律実務の経験豊かな人が務めており、公証事務を担う公務員です。全国に約500名おり、公証役場は約300ヶ所あります。

公正証書遺言の作成手順

公正証書遺言を作成するためには、まず公証役場に予約をします。必要書類を確認し、揃えておきます。公正証書の作成にはお金がかかりますが、相談は無料です。公証人がどのように遺言をのこせばいいのか相談に乗ってくれます。相談のみの場合も、前もって予約をするようにしてください。

要書類

  • 遺言者の本人確認ができるもの(運転免許証、住基カード等)
  • 遺言者と相続人との続柄が分かる戸籍謄本
  • 遺贈する場合には、その人の住民票
  • 不動産がある場合には、その登記簿謄本と、固定資産評価証明書等

証人が2人必要

離婚や金銭授受について公正証書を交わすときは、双方が出向けばよいのですが、遺言の場合は本人一人で作成するものなので、証人2人の立ち合いが必要です。(第三者が、本人の意志で遺言作成しているかを確認する意味で証人が立ち合います)
証人になるには一定の条件があり、「未成年者」「4親等以内の親族」「相続人となりうる人」などは証人にはなれません。
そうなると、友人・知人に頼むことになりますが、遺言の内容や資産状況について知られたくない方も多いでしょう。その場合は信頼のおける他人を公証役場で紹介してもらえることもあります。ただし、謝礼の支払いは生じます。
一般の人に頼むのに不安があるなら、行政書士などの士業者に頼めば、守秘義務があるので安心です。支払額は高くなりますが、そういった方に頼むのもよいでしょう。

一生保管してくれると思えば安い手数料

公正証書遺言を作成するには手数料がかかります。とはいえ、一生保管してくれることを考えたら、それくらいの経費は当然でしょう。
手数料は財産の額によって変わるので、一部ご紹介します。詳しくは以下、日本公証人連合会ホームページでご確認ください。

 
資産額手数料
200万以上500万円以下11,000円
500万以上1,000万円以下 17,000円
1,000万以上3,000万円以下 23,000円
3,000万以上5,000万円以下 29,000円
5,000万以上1億円以下 43,000円
1億以上3億円以下 43,000円に超過額5,000万円ごとに13000円を加算した額

その他の手段で、安全に保管したいと思うと銀行の貸金庫が思い浮かびます。しかし費用面で考えると年2~3万円、20年保管したら50万円ほどかかります。それと比べると、公正証書遺言は非常に安く感じます。紛失や改ざんの恐れもなく、内容を確認したうえで作成できる公正証書遺言は遺言を遺すのには良い方法でしょう。

参考リンク
日本公証人連合会

遺言に関わる法律が利用者に寄り添った内容に

これまで敷居が高いと感じていた遺言作成。高齢化に伴い、相続に関するトラブルが増え、政府もその対策に力を入れています。遺言を遺すことが解決方法のひとつです。そのために法改正や法施行をし、作成へのハードルを下げています。

2020年7月から法務局で遺言を預かってくれるように

平成30年7月6日、遺言書の保管等に関する法律が成立しました。令和2年7月10日に施行される予定です。
この法律が施行されると、手数料はかかりますが、自筆証書遺言原本と画像データを法務局で保管してもらえるようになります。申請は、遺言者の住所か本籍地、または所有する不動産の所在地を管轄する法務局で行います。証人の必要はなく、厳格ではありますが申請者の本人確認のみで申請できます。
また、遺言を書いた人の死亡後に相続人が「自分が相続人とされる遺言が保管されているか」と、「その内容」について、法務局で確認できるようになるのはこの法律のメリットです。
それだけでなく法務局に申請された遺言が、法律上の形式を満たしているかをチェックしてくれるので、形式が間違っていたがために無効になるといったことは回避できます。
だたし、内容について細かく相談に乗ってくれるわけではないので、記載内容が正しいかは自分で確認する必要があります。そこに不安がある方は公正証書遺言の方が確実に有効な遺言を遺せます。

参考リンク
法務局における遺言書の保管等に関する法律について/法務局HP

郵送による遺言公正証書等の正謄本の取得が可能に

平成31年4月から郵送による遺言公正証書等の正謄本の取得が可能になりました。
これにより、これまでは相続人またはその代理人が原本が保管された公証役場に赴き取得しなければならなかったものが、最寄りの公証役場で手続きを行えば郵送にて取得できるようになりました。

郵送による遺言公正証書等の正謄本の取得方法について/日本公証人連合会HP

家族のために遺言を遺す

これまで一生懸命家族のために働き築いた財産を、一番良い形で引き継ぐために遺言は最も有効です。相続で揉めてしまうと、遺されたご家族に悪い印象が残ってしまいます。
人生最後の大仕事として、ぜひ「遺言」の作成をお考え下さい。その遺言がご家族の生活をより豊かで円満なものにしてくれるはずです。

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